SNS時代において企業が効果的なマーケティング戦略を立てるためには、ソーシャルメディア(SNS)特有の消費者行動を正確に理解することが不可欠です。そこで注目されるのが「SIPS(シップス)」という消費者行動モデルです。
このモデルは、従来のAIDMA(アイドマ)やAISAS(アイサス)といったモデルでは対応しきれなかったソーシャルメディア特有の行動パターンを反映しており、現代のSNSマーケティングにおいて非常に重要なフレームワークとなっています。
本記事では、SIPSの意味とその活用法について詳しく解説していきます。
SIPS(シップス)の意味とは
SIPSとは、ソーシャルメディア(SNS)に特化した消費者行動モデルとして、当時の電通の佐藤尚之氏により2011年に提唱されたものです。
ソーシャルメディアを利用する消費者の行動を、触れた情報に共感し(Sympathize)、自分にとって有益であるかを確認し(Identify)、購買もしくは企業の販促活動に参加し(Participate)、体験や感想をSNS上で共有・拡散する(Share&Spread)という4つのプロセスに整理しています。
SIPSが生まれた背景
SNSを介しての消費行動が増える前は、AIDMA(アイドマ)やAISAS(アイサス)の消費者行動モデルが主流でした。
AIDMAは、商品やサービスの存在を知り(Attention)、興味を持ち(Interest)、欲しいと思うようになり(Desire)、記憶して(Memory)、最終的に購入する(Action)という5つのプロセスからなります。
AISASは、インターネットの普及に伴い消費者が能動的に情報を集めるようになったことを反映して、AIDMAに代わる行動モデルとして提唱されました。AISASでは、商品やサービスの存在を知り(Attention)、興味を持ち(Interest)、スマホなどで情報を検索し(Search)、購入し(Action)、購入後の評価をSNSで共有する(Share)というプロセスです。
AIDMAやAISASは主にマス媒体を使った広告宣伝に基づく行動モデルで、SNS時代の購買行動には合わないことからSIPSが提唱されました。SNSでは共感された情報だけが広がりやすいという特徴があり、SIPSはこの触れた情報に共感する(Sympathize)ことから始まるSNS特有のプロセスを反映しています。
SNS時代の消費者行動とSIPSの重要性
SNS時代の消費者行動は、リアルタイムでの情報共有や他者の意見に基づく意思決定に大きく影響されています。消費者は商品やサービスを購入する前に、本当に自分にとって有益であるのかということを、SNSでの口コミやレビューを含めたあらゆる方法で確認するのが日常となっており、これが購買行動に強い影響を与えています。
ポジティブなレビューや高評価は、商品やサービスの信頼性を高め、購買意欲を引き出します。一方、ネガティブな評価や不満の声は、購入を躊躇させる要因となります。
そのため、企業はSNS上でのブランドイメージを戦略的に構築し、顧客からのフィードバックに迅速に対応する必要があります。ブランドの信頼性を高め、消費者との良好な関係を築くためには、SNS特有の消費者行動を反映したSIPSをSNSマーケティングに活用することが重要です。
関連記事:事例で理解!SNSマーケティングとは?具体的な手法と成功のポイント
SIPSの使い方・活用
SNSマーケティングにおいてSIPSを活用する際のポイントは「参加・共創」です。企業やブランドに深く共感した人々が推奨する情報は広まりやすく、拡散も早くなります。さらに、これらの人々は積極的に友人や知人に情報を広めようとするため、SNSマーケティングの成功には、企業やブランドがどれだけ参加者(応援者・支援者・伝道者)を生み出せるかが重要です。
また、参加者と長期的な関係を築くことで、共同でコンテンツを作成したり、商品やサービスの改善に対する意見を取り入れたりすることができます。これにより、参加者は自分がブランドの一部であると感じ、より強いロイヤルティを持つようになります。
参考:電通「サトナオ・オープン・ラボ」が ソーシャルメディアに対応した消費行動モデル概念『SIPS』を発表
ここからは、SNSマーケティングの戦略設計におけるSIPSの活用方法について、マーケティングオートメーションツール(MA)の開発・販売をしている「SATORI」の例を挙げながら解説します。
1.ターゲット設定
SNSでリーチしたいターゲットを設定します。具体的にどのような属性や関心を持つユーザーを狙うのかを定めることで、戦略やコンテンツの方向性が決まり、発信するコンテンツへの共感を得やすくなります。
この際、市場調査やデータ分析に基づいて、自社の商品やサービスを利用してくれそうなユーザー像を具体的に定義することが重要です。想像や思い込みで不正確なユーザー像を設定することは避けましょう。
【SATORIのターゲット設定例】
展示会イベントやメールマーケティングなどを実施するBtoBマーケティングの担当者
2.プロセスごとの発信コンテンツ・施策の設計
SIPSの4つのプロセスに従い、ユーザーにどのような行動をしてほしいかを考え、それを促すためのコンテンツや施策を各プロセスに合わせて設計していきます。
【SATORIのコンテンツ・施策の設計例】
プロセス | ターゲットの状態 | コンテンツ・施策、起こしてほしい行動 |
---|---|---|
Sympathize (共感する) | 発信された情報に興味を持つ、共感する | マーケティングを一歩先へと進めるために知ってもらいたい情報やナレッジをSNSで発信し共感を集める。 詳細な情報やナレッジ、自社製品にて実現可能なソリューションのご提案をブログやホワイトペーパーにまとめておき、SNS経由でのアクセスを促す。 |
Identify (確認する) | 自身にとって価値のある情報か、信頼できる企業であるかを確認する | 自社のサービスサイトの開設、レビューサイトへの登録により、自社に関する情報や評価を閲覧できるようにする。 これにより、自社製品に関する情報の確認、レビュー・SNS上の口コミの確認を促す。 |
Participate (参加する) | ・製品を購入する ・販促活動に参加する | ・実際に製品に触れてその良さを知ってもらうための展示会や、マーケティングノウハウを学べる講演会などの宣伝をSNSで発信し、参加を促す。 ・メルマガ登録を参加ととらえ、SNSや自社サイト等で登録を促す。メルマガにて製品や企業の認知度を高め、製品購入へつなげる。 ・既存顧客向けには、製品のさらなる理解や利用者のナレッジを共有するための定期的な交流の場を設け、製品の継続利用を促す。 |
Share&Spread (共有・拡散する) | 知人や他のコミュニティに知ってもらいたいと考える | ・展示会で配布するノベルティを工夫し、接点をいただけたことへの感謝を伝えるとともに、展示会終了後も参加へのお礼をSNSに投稿することで、いいね!やリポストによる拡散のきっかけを創出する。 ・製品を使って喜んでいただいた顧客の実際の声を事例として共有する仕組みを作り、顧客本人による拡散や、事例を読んで共感したユーザーによる拡散のきっかけを創出する。 |
【SATORIの展示会参加に対するお礼投稿の例】
3.投稿と実施
設計したコンテンツの投稿と施策の実施を行います。SNSでは、投稿だけでなく広告として配信することもありますが、タイミングや頻度、使用するプラットフォームに応じた調整が必要です。
また、SNSの特性に合わせて以下のポイントを押さえることで、より多くのユーザーにリーチすることが期待できます。
- 視覚的に惹きつけるために、画像や動画を活用する
- 興味を引く、もしくは感情に訴える文章を書く
- クイズ、アンケート、投票など、ユーザーが参加しやすい要素を追加する
4.効果分析と改善
投稿・配信に対してのリーチやシェア、アクションを分析し、施策として成功したのかどうかを評価します。このデータを基に「2.プロセスごとの発信コンテンツ・施策の設計」に立ち戻り、コンテンツや施策を改善していきます。この効果分析と改善を繰り返し行うことで、より効果的なSNSマーケティング活動が可能になります。
活用事例
企業のSNSマーケティング事例をSIPSに当てはめてご紹介します。
BtoC)ライオン
ライオンでは、2012年1月から「BATHTOLOGY(バストロジー)」というボディウォッシュと入浴液の商品に対して、Facebook、mixi、X(旧Twitter)の3つを活用したプロモーションを行っています。ライオンのSNSマーケティング戦略を、SIPSの各要素に沿って詳しく解説します。
<Sympathize(共感する)>
ライオンは、商品名ではなく「バスタイム キレイ プロジェクト」という「コト軸」でのアプローチを採用。これにより、商品に関心のない人に対して「お風呂でキレイになる」という価値を伝え、関心を持ってもらうことを目指しています。SNSでは、ユーザーのニーズに合った美容や入浴に関する情報と商品情報をバランスよく投稿しながら、ユーザーの興味を引きつける戦略を取っています。
<Identify(確認する)>
「バスタイム キレイ プロジェクト」では、ヘルスケア分野のエキスパートであるマイスターが参加。マイスターの監修のもとで、商品情報や使用方法、研究結果などを詳しく説明した投稿を行い、消費者が商品に対する理解を深められるようにしています。
<Participate(参加する)>
ユーザーが自分のアイデアを投稿する、もしくは投稿されたアイデアに対して「Like!」をするという2つの方法で参加できる「入浴スタイルキャンペーン」を開催することで、「バスタイム キレイ プロジェクト」への参加の促進に成功しています。
<Share&Spread(共有・拡散する)>
ユーザーが投稿したアイデアをFacebookページや他の媒体で紹介し、情報を拡散。ユーザーの投稿を取り上げたり、他媒体と連携したキャンペーンを行ったりすることで、ファンベースを広げ、エンゲージメントを高めています。
参考:ライオンのソーシャルメディア戦略のカギは「モノ軸」ではなく「コト軸」にあった!Facebookページでは潜在層の啓発を!
BtoC)資生堂
資生堂グループのデジタルマーケティング業務やデジタル・IT関連業務を手掛ける資生堂インタラクティブビューティーには、デジタルでの活動に特化した「オムニPBP(パーソナルビューティーパートナー)」と呼ばれる美容部員が約40人在籍。InstagramやXなどのSNSへの投稿、ライブコマースといった活動を行っています。資生堂のSNSマーケティング戦略を、SIPSの各要素に沿って詳しく解説します。
<Sympathize(共感する)>
資生堂は、オムニPBPが顧客のニーズや悩みに応じたスキンケアやメイクのノウハウをSNSで発信しています。具体的には、「2000円前後の本当に使えるスキンケア」や「3分でできる簡単化粧直し」など、顧客が共感できる内容を投稿し、信頼感を築いています。
<Identify(確認する)>
SNSでの活動を通じて、オムニPBPは商品やトレンドに関する情報を提供し、顧客はその内容を確認することで商品への理解を深めます。投稿やライブコマースを通じて、新商品やスキンケア方法などが紹介され、顧客は実際に試す前に、SNS上での評価や知識を確認することができます。
<Participate(参加する)>
SNSのフォロワーは、オムニPBPの投稿に対してコメントやいいね!を通じて参加し、ライブコマースではリアルタイムでの質問や購入が可能です。これにより、顧客は積極的に関与し、自分の意見や質問を直接発信できる場が提供されています。
<Share&Spread(共有・拡散する)>
ユーザーは、オムニPBPの投稿やライブコマースで得た情報をシェアすることで、友人やフォロワーに広めます。特に人気の投稿や動画は、フォロワーによって広く拡散され、新たな顧客層を引き寄せる効果を持っています。
参考:資生堂の美容部員がインフルエンサー化 華やかな投稿に隠れたSNS戦略とは
BtoB)ミスミ
機械加工製品の販売を行うミスミでは、部品の3DCADデータをサイトにアップロードすると、AIが瞬時に価格と納期を示し、製造までを行う「meviy(メビー)」というサービスを提供。テレビCMに加えて、SNSを軸にしたBtoBマーケティングにより、オンライン機械部品調達サービス分野で3年連続シェア1位を獲得するなどの実績を上げています。ここでは、ミスミのSNSマーケティング戦略を、SIPSの各要素に沿って詳しく解説します。
<Sympathize(共感する)>
Xにメビーの公式アカウントを開設し、キャンペーンやサービスの案内も含めて毎日投稿するようにしています。特に「メビコ」というロボットを模したキャラクターを通じて、遊び心のある投稿を行い、ユーザーとの親密な関係を築いています。
<Identify(確認する)>
Xで特徴的なのは、利用者であるエンジニアたちが、メビーで注文した機械部品やそれを使って組み立てた装置などを投稿している点です。これらの投稿にコメントを付けながらリツイートし、公式アカウントでも掲載することで、ユーザーが自社サービスに関する情報やレビューなどを確認できるようにしています。
<Participate(参加する)>
知人にメビーを紹介し、その人が初めて部品を購入すると、胸にメビーのロゴが入ったTシャツがもらえる「meviyアンバサダーキャンペーン」を開催するなど、ユーザーの心をくすぐる企画を実施することで、メビーへの積極的な関与を成功させています。
<Share&Spread(共有・拡散する)>
Xでユーザーの「つくってみた!」投稿を取り上げたり、賞を受賞した際には「お祝いどら焼き」を配送するキャンペーンを実施したりすることで、共感の輪を広げています。ユーザーの声や喜びを取り入れた対応がブランドのファンを増やし、SNSでの拡散を促進しています。
参考:BtoBミスミがテレビCMを重視するワケ 異例のSNS戦略、利用者10倍に
SIPSの活用でSNSマーケティングを成功させよう
ソーシャルメディア(SNS)に特化した消費者行動モデルとして、SIPS(シップス)をご紹介しました。SIPSは、SNSマーケティングの戦略設計に役立つフレームワークであり、実際に大きな成果を上げている企業も少なくありません。
とはいえ、マーケティングに役立つフレームワークは多種多様です。状況や課題に応じて使い分けることや、複数のフレームワークを組み合わせることで、より大きな成果を得ることができます。以下に、シーン別に有効なフレームワークを解説した資料をご用意していますので、ぜひご覧ください。